Q. この仕事に就いた経緯をお聞かせ下さい
A. プロのミキサーを多く排出している、日本工学院専門学校(当時は日本電子工学院)の出身です。電子工学科なので録音とは関係無いのですが、音楽業界には興味があり、学校にサウンド・シティから募集があったので応募しました。面接だけだったのですが、採用され今に至っています。余談ですが、40年経った今でも採用は面接中心です。
Q. 入社当時の録音現場はどんな様子でしたか?
A. サウンド・シティは、レコード会社のスタジオと違いレンタルスタジオなので、レコード・CM・劇判等いろんな録音があります。入社後、最初は今で言うアシアシの仕事で、セッティングや機材のチェックの仕事からで、機材を覚えるとCM・劇判等の画合わせのため映写機にラッシュ(粗編されたフィルム)をかける手伝いなどをしました。当時のCM音楽録音は、フィルムの画と録音したテープを手動で合わせてタイミングを確認していました。そうやって徐々に仕事を覚えると、晴れてアシスタントになり、テープレコーダーを回したりパンチイン・アウトなどもするようになります。
Q. メインのミキサーとしてはいつ頃からですか?
A. 貸スタジオの性格上、外部からエンジニアが来る場合が多いのですが、あるVOCALダビングの時にエンジニアの都合がつかなくてディレクターが困っているとき、自分から「やらせて下さい」と手を挙げたら「じゃあやってみるかい?」とOKをいただき、結果も良かったので、めでたくメインの仕事もできるようになりました。 その後、五木ひろしさんや吉幾三さん等のヒット曲もさせていただけるようになりました。アレンジャーで言えば若草恵さんなどの厳しい仕事(笑)も任せていただけるようになりました。
Q. 歌謡曲以外のジャンルではどうでしたか?
A. Jazzやクラシックなどいろいろです。Jazzで印象的だったのは、日野皓正さんのソロを録るときにレベルチェックなしで本番を始めようとされたので、とにかく録音ボタンを押しましたが、演奏は一発OKで素晴らしいテイクでした。エンジニアとしては音チェックも無く歪んだらどうしようと緊張しました。
Q. 劇判はどういう感じでしたか?
A. ボブ佐久間*1 さんの仕事もよくやらせていただきました。素晴らしいスコアーで、色んな特殊奏法があったり、複雑な内声の動きなど非常に勉強になりました。
当時の劇伴は2CH(ステレオ)ダイレクトで録ることが多く、1回テスト演奏の時にバランスを決め、2回目には本番でした。スコアーをめくっている余裕も無いので、テスト演奏の時に自分で上げ下げする楽器のリードシートを書いていました。
塩崎:ボブさんに出演いただいいたRMAJ「トークぷらすライヴ」の写譜を担当したのですが、写譜ミスかもしれないと思って「この音これであってますか?」と訊いたら、「どこが悪いの?」って言われました(笑)。
譜面もきれいでミスも全く無く、サウンドも多様でBobさんの引き出しの多さにはただただ参ります。
Q. 使うマイクはある程度決めていますか?
A. ある程度決まってますが、場所や奏者によって自分の耳で判断して、セオリーにはこだわりません。マイクの種類以外でも、セオリーにとらわれない方が良いと思います。良いと思えば何でも試してみます。
Q. アーティストの歌ダビングの時、どんなことに気をつけますか?
A. やはり、アーティスト相手ですから良い環境作りが必要ですね。あるとき、歌手の方が歌いにくそうなので「手持ちでいかがですか?」と訊くと、大変喜んでいただきました。
また、ヘッドホンのモニターバランスは歌い手にとってかなり重要だと思っています。リバーブの好き嫌い、コンプの嫌いな人・・・、いろいろいらっしゃいます。 あと、リズム隊やコード楽器を立て目にすること、ボーカルの位相に注意しています。
Q. Protools化されたとき、何か失敗談はありますか?
A. 今は、色々フェイルセーフ機能があるのでそれほど心配はないですが、以前は大変でした。オケと歌録りのサンプルレートが違っていて(なぜか全員違和感を感じなかった)、後日ボーカルを録り直したり、HDDのアロケーションを理解しておらずゴミ箱からも再生していたり・・。関係者各位、当時はご迷惑をおかけいたしました。
Q. 目標にしているようなミキサーはどなた?
A. ジェフ・エメリックさんです。残念ながら先日逝去されました。初期から後期までのビートルズのアルバムの中で、いい音だな、素晴らしいアイデアだなと思っていたのがすべてジェフのミックスでした。セオリーに捉われない姿勢が生み出したものだと思います。
日本ではアシスタントの頃ご一緒した松本裕さんの音がすごいと思いました。当時のコンソールはAPIで、EQ部分が立ち上がっていてEQポイントがよく見えたんですが、550Aの15KHzをシェルビングでフルブーストしていました。EQとは補正的役割のものという固定概念を覆されました。
Q. 現在も現場は多いですか?
A. 基本、総務部長ですが、現場も続けています。会社に入ってから給料をもらって現場だけやっているときは、社会の仕組みなど全く知らなかったのですが(笑)、今になって会社組織に守られていたんだなあという実感はあります。
そういう意味では、今までの働き方の常識は時代的に通用しなくなっているので、これからの世代が働きやすくするために努力もしています。
Q. 最後に若いミュージシャンになにかアドヴァイスをお願いします
A. まず、明るくあいさつ(笑)。そして現場は仕事場であることを自覚すること。当然、いろいろな持ち場のプロがいて、それぞれが職責を果たそうとしています。クライアントや作編曲家の求めるものをよく把握し、エンジニアもそうだけど特にスタジオミュージシャンは初見で瞬時に的確な表現が出来る引き出しを増やさないといけないと思います。
◆RMAJ NEWS No.34 2018. Dec. 掲載◆